疫病退散 祇園祭の粽(ちまき)の起源
京都では、祇園祭りの期間にそれぞれの山鉾町で授けられる
粽(ちまき)を厄病・災難除けのために1年間、家の玄関等に飾る慣わしがあります。
なぜ粽を飾るのか、その由来となっている故事について、お話しします。
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その昔、蘇民将来という男の家に、旅人に身をやつした牛頭天王が訪ねてきて、
一夜の宿を求めました。蘇民は貧乏でしたが、それでも手厚くもてなし、
牛頭天王はその心遣いを大変喜んで、お礼に「今後お前の子孫は末代まで
私が護ってやろう。目印として腰に茅の輪をつけていなさい」と言い残して
去っていきました。そのお陰で後に疫病が流行った際も、蘇民の一族は
生き残り繁栄しました。
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…という故事があります。
つまり、粽につけられている「蘇民将来子孫也」という護符は、
「私は蘇民将来の子孫です。だから病気や災いから護って下さい。」
という意味が込められています。
これが祇園祭りで粽を購入し、厄病・災難除けに飾ることの
由来だと言われています。
このときの護符になった茅の輪は「茅」を束ねて「巻」いたものです。
そこで「茅巻(ちまき)」と呼ばれるようになり、それを同じ発音の
「粽(ちまき)」と音を担いで、現在のような束状の粽が
厄除けのお守りとして作られるようになりました。
また、夏越の祓で、病気やわざわいを逃れるためにくぐる茅の輪も、
この蘇民将来の故事を起源とする神事だと言われています。
八坂神社では、「蘇民将来子孫也」と唱えながら、
茅の輪をくぐるよう記されています。
祇園祭の時期は、お料理屋さんのお料理にも
食べられる粽が入っていたりします。
そのため、半兵衛麸では、お膳に添えていただけるよう、
なま麸の粽「ちまき麸」を作っています。
半兵衛麸本店でも、御玄関に粽を飾っています。
ご来店の際は、是非、見上げてみてください。