半兵衛麸のこと
半兵衛麸のこと

あんなぁよおぅききや

NO.26 一服

父は全くお酒を飲まないので、「お茶葉だけは贅沢する」と、
甘くてトローとしたお茶を、毎日のように飲んでいました。

戦前は、毎日いろんな人が来られ、父は自分でお茶を淹れながら、お客さまと話をしていました。
いつも表の帳場に座っているから、表通りを通る人がよくわかり、
「まぁ、お茶でも飲んで行きぃな」
「ほな、ちょっと一服さしてもらおう。いつもここのお茶はおいしいなぁ」と言いながら、
たくさんの人が父と話し、一服していました。

うちに商売の用事で来る人だけでなく、近所を通る人、山科から東山を越えて野菜を売りに来るおばさんや、
「ハシゴ、イランカエー。」と梯子(ハシゴ)や床几(ショウギ)を売りに来る人、花を積んでくる花売りのおばさん、
滋賀のほうからも来ている人など、物を売り歩いている人にも父は
「苦労さんですな」とお茶を入れて世間話をしていました。

一服のお茶を飲んでは、「さぁ、また頑張ってきまっさ」と、帰って行きました。

富山からの薬売りのおじさんは私たち子供に紙風船をくれるのが嬉しかったものです。
薬屋のおじさんと二人でおいしいお茶を何杯も飲みながら、いろんなお話をしていました。

その頃は、父が大きなお寺に麸を納めに行くのに、私もついて行きました。
近くの建仁寺や、京阪電車で宇治の萬福寺などへ行くのです。

お寺の台所で麸を渡した後は、和尚さんと父二人で、お茶を飲みながらいろんな話をするのです。
難しい話で私には何もわからなかったのですが、
「ここに座ってなさい」といつも父の横に座らされていました。

お寺では、お菓子がいくらでも食べられるのが嬉しくて、じっと座っていられました。
帰りの電車の中で
「何の話をしていたかわかるか」
「わからん」
「わからんでもええのや。今わからんでも、そのうちにだんだんわかるようになる」

ある日、お寺の和尚さんと話していたことを、家で一服している人たちに話しているのがわかりました。

「今話してたん、この間お寺で話してはったことやな」
「そうや、わかったか。今はまだ、どんな意味かわからんでも、老師さんがどんな話をしはったかは、
おまえの頭の中に自然に入ってるさかいに、大きなったらそのうち、意味もわかるようになるわ。
お父さんは、老師さんとゆっくり話をすることができるけど、他の人は、あの老師さんと会うこともないんや。
老師さんが話してくれた良え話を、私一人で聞いておくのはもったいないから、みんなに話してあげるのや。

あんなぁ よおぅききや

良え物を独り占めしたらあかんのや。良え物は、みんなでわけなあかんのや。
話はなんぼしても減らへんやろ。みんながお寺さんの法話聞きに行ってる暇がない。
聞いた話をしたら、ためになる話や言うて、みんなが喜ばはるのや。
覚えときや。良え物はみんなで分けるのやぇ。」


合掌