家の前の問屋町通は、江戸時代から昭和2年に新しい中央市場ができるまで、 魚の問屋が多くあった魚市場で、魚のにおいがしないよう、板石がびっしりと敷いてあり、 五条へ向かって急な上り坂になっていました。 その頃は、荷物を運ぶ自動車やトラックは少なく、大八車を引いたり、牛車や馬車が荷物を運んでいました。 五条通へ出る石の坂道で荷馬車の馬が足を滑らせひっくり返りました。 夏のカンカン照りで道の石は焼けて熱くなっています。 横になったままでは熱いので、馬は懸命に起きようとしますが、蹄鉄が滑ってなかなか起きられません。 馬を引くおじさんは、倒れた馬に「ドヤー!」と大声を掛けては「ピシャッ!」と鞭を打ちます。 重い荷物を積んできた疲れと、夏の日照りで日射病に掛かっているのか、 馬は必死で起きようと白眼をむいてがんばっているうちに、だんだんグッタリとしてきました。 子供の私にはよほどの印象が強かったのでしょう。 今でもその光景を鮮明に覚えています。 「おとうさーん、馬が倒れて死にかけてる」と家へ走って知らせると、 馬の様子を見た父が馬のおじさんに 「馬から荷車をはずしておけ」 と言って、すぐに家からバケツに水を入れ、両手にぶら下げて走ってきました。 馬の頭から水をかけ、汲みに帰ってはかけ、何杯もかけていると、 見ていた近所の人もそれぞれに水を汲みに帰り、どんどん冷やすのを手伝いました。 父は馬の蹄鉄に荒縄をぐるぐる巻いてやり、鼻をさすってやっていたら、馬は目を開け急に身体を起こし、 今度は巻いていた荒縄で滑らずにいっぺんに立ちあがったのです。 「ヤッター、よかったぁ」とみんなで大拍手になりました。 その夜、「今日は良えことしたなぁ。人間も馬もみんな命をもろうて生きているのや。 馬や牛を使うて人間はものを運ばせているけど、牛や馬も人間に使われるために生きてきたのやない。 人間が勝手に人間の都合で使うているのや。 暑いのに荷物を引いて滑って倒れて、鞭でしばかれて。 かわいそうになぁ。 人間に都合がいいから石を敷いてあるけど、馬にとっては滑って歩きにくく大迷惑や。 もうあかんかと思うたけど、みんなも手伝うてくれはって助かってよかったなぁ。 重い荷物運んでくれる馬にお返しができた。 馬のおじさんは何とかしてやりたいと思っても馬から離れられへんし、 水を汲んでくれと厚かましいお願いもできひんし困っていたのやろう。 どんな場合でも困ったはる人にだけでなく、自分は今、この人に何をしてあげられるか、 何をしてあげたら喜ばはるか、その人の立場になって考えてあげることが大切なんや。 あんなぁ よおぅききや 生き物の中で人間が一番偉いと思うたらあかん。 本当に一番偉いと思うんやったら、その力や頭の良さで他の動物を助けてあげなあかんのや。 お互いに助けたり助けられたりで、仲良うこの世はいかなあかんのや。仲良うにな!」 合掌