半兵衛麸のこと
半兵衛麸のこと

あんなぁよおぅききや

NO.14 さくら

今、京阪電車は地下を走っていますが、昭和62年までは鴨川の東側の土手の上を電車が走っていました。
五条駅から北には大きな桜の木が並んで植えてあり、まるで桜のトンネルの中を走っているようでした。

西の土手はいい散歩道で、四条に向かって歩いてた時です。

「もうちょっとしたら、桜も咲くなぁ。
自然というものはすごいなぁ、時期になると忘れんとちゃんと咲く。
カレンダーがわかっているみたいやなぁ。」
「桜はええなぁ。春だけきれいに咲いたらええのやし」

「おまえはそんなことを思てるのか。桜が咲いているのは10日間ぐらいや。
365日のうち10日やから355日は咲くための準備しているのや。
そこだけを見てたらあかん。大間違いや。
桜は咲いている時だけが桜と違うんや。
今日は暖かいし、ここに座って話をしたげるわ」
「……」
「桜の木は、植えている所にじっと立っているのや。
夏は、お日さんがカンカンに照って暑いけど、動かんと太陽に向こうて、
新しい枝を出したり、幹を太うしたりしているのや。
秋になって葉っぱを散らして、それを養分にするのや。
寒い冬には、その養分を十分に吸うて、暖かい地べたの中で新しい根を作ったり、
太くしたりするのが桜の355日間の仕事なんや。
 
きれいな花を咲かそう思うてな。やっと春になって、
『皆さん見てください。一年頑張ってきましたから、今年もこんなにきれいに花が咲きました』
と誇らしげに10日間咲くのや。
花が散ったら、また来年の準備や。
おまえみたいに花の咲いている良え10日間だけを見て『桜はええなぁ』て言うたら、
がんばっている桜がかわいそうや。
他人の良えとこだけを見て、『あの人は良えなぁ』と思うのと一緒や。
良う見える人も、黙って他人の見えんところで一生懸命苦労したはるのや。
白鳥もそうや。
池でスイスイと泳いでいるけど、水の中では一所懸命水かきでこいでいるのや。
楽しそうに遊んでいるようやけど、今日の餌をキョロキョロと必死になって探しているのや。
そばから見ると楽しそうやろ。普通の人は、他人の良いところだけが見えるのや。
その人の苦労が、なかなかわからんからなぁ」

 あんなぁ よおぅききや

他人の楽な良えとこだけ見たらあかん。
見えんとこでがんばったり辛抱したり努力したはるのや。
努力もせんと勝手に良くなったり、楽して良くなったりは絶対せぇへん。
桜の花も白鳥もみんな一緒や。覚えときや。

ほな、四条まで歩こうか。
おまえは動いて好きなとこに行けるけど、桜はじっと同じ所にいなあかん。
それだけでも結構なこっちゃ。」


合掌