父は魚釣りが好きでした。 小学校に上がる前から琵琶湖へモロコ釣りに連れてもらいました。 今日のように自動車で行くのではなく、京阪電車、京津線と乗り換えて 浜大津から蒸気船に乗って、草津の穴村や野洲浦湊にやっと着きます。 家を出てから2時間余りはかかったと思います。小さい船でした。
リュックサックの中にお弁当、おやつ、魚釣りの道具箱を入れ、竿袋に竹製の長い継ぎ竿、 タモ(網)を持ってゴム長を履いていったものです。 釣り場に着いたらすぐに釣りができるように、前の晩は釣り道具の用意です。 釣り針やシズ(おもり)、ウキをつけた仕掛けの道糸をぐるぐる巻きにしたり、竹竿に油を引き、 釣り糸のくくり方やテグス結びなど、父に教えてもらいながら、自分の使うものは自分で 準備するのが楽しくて、その夜はワクワクしてうれしくてなかなか寝られませんでした。
「あんなぁ よおうききや 向こうへ行ってから仕掛けをつくっているようでは、釣る時間が遅れてしまう。 釣りだけやなくて、何をするにも用意、準備は早うからしておくのや。 何事でもちゃんと先に用意しといてから、後はゆっくりとしたらええのや」
釣り場に着いて、勇んで竿を出していても、ウキがピクッとも動かない時は退屈してしまいました。 「どうや、ひかんか」 「うん」 「どこで釣ってるんや」 「この間来た時、よう釣れたとこや」 「ウキの長さは?」 「この前と同じや」 「餌は何をつけてるのや?」 「前と同じドロ(ミミズ)や」 「・・・・・。今日は何日や?」 「今日は○月○日や」 「この前来たのは何日や?」 「×月×日や」 「○月○日と×月×日は同じ日か?」 「違う」 「前と同じと違うなら、前釣れたから今日も同じ場所で同じように釣れると思うたらあかん。 魚は動くもんやから、お前も動かなあかん」 「・・・」 「ウキの長さを変えてみたらどうや?魚がどこにいるかは日によっても、時間によっても違うのや」 「・・・」 「魚かて毎日、同じものを食べとないわ。餌変えたら…」 「・・・」 「お父ちゃん、釣れた」 「ほれみてみ、釣れたやろ。前はそれで良かったからいうて、そのままでいつもええとは限らん。 毎日毎日が変わっているのや。同じことをしてて、同じように良かったら誰も苦労せぇへんわ。 どうしたら良うなるか。その時、その時考えてやらんとあかん。やってみて失敗やったら、 また元に戻ったらええのや。」
「あんなぁ よおうききや 何事をするにも、『どうしたら良うなるか』『どうしたら便利にできるか』『どうしたら早くできるか』 『どうしたら良いものができるか』『どうしたら…、どうしたら…』といつも考えて物事をする癖を付けんとあかん。 考える癖が付いたら進歩もするし、一生の間に大きな差ができるし、何をするにも考えながらすると楽しくなるわ」 「・・・」 「ホレホレ、また引いてる」